9月3日(月)の試合にて、今シーズン最終戦を無事に終えることが出来ました。いろいろなことがあったシーズンですが、心の底から、”よかった”と思えるシーズンでした。今後、このブログでも振り返っていき、来シーズンに生かせるようにしていきたいと思います。シーズン中にたくさんの叱咤激励コメントをいただきました。本当に助かりました。ありがとうございました。
さて、先日のMLBの試合で、イチロー選手に対しての判定で、彼が審判に対して挑発的なコメントをしていました。確かに、判定は微妙で、イチロー選手に対して不利な判定が続きました。本人の気持ちは、痛いほどよくわかります。彼のコメントが、アメリカメディアに出たのかどうかはわかりませんが、審判サイドに伝わっていたとしたら、間違いなく報復されます。勿論、だれもわざとやったなんていいませんが、わからないように、いくらでも際どい判定を不利に判定することはできます。それだけ、審判が機構や組織、ルールに守られているのです。自分の気持ちがそれで済むのであれば、それも一つの方法かもしれませんが、”百害あって一利無し”なのです。
2塁での盗塁プレーですが、あの手の判定は、本当に審判泣かせの判定であるということを知って欲しいと思います。送球やタッグ行為は、間違いなくイチロー選手がスライディングして、ベースに着く前に行われているのです。ただ、実際はタッグをミスしたものと見受けられます。このようなプレーの判定は、どちらに判定しても抗議を受けます。特に修行の場であるマイナーリーグでは、セーフにしたほうが抗議を受ける可能性が高いというのが僕の経験上で言えることです。ただし、MLBでは、やはりこれだけいろいろ角度から映像で見られている現在は、出来る限り正確な判定を求められています。ですから、あの場面でも、ジェリー・デービス審判は、正確に判定しようとしていたはずです。ただ、あの時の判定したポジションが悪く、あのときにタッグしていたかどうかを判断するのに一番悪い角度にいたようで、タッグがイチロー選手に触れたかどうかが、定かでなかったと推測できます。
マイナーリーグでは、このようなケースでは、しばしば”アウト”に宣告したほうが、皆が納得するということがよくあります。僕自身も、それで今シーズンかなり悩みました。ただ、結論として、”見たままで判定しよう!”ということでやっていました。
ですから、あの場面でも、イチロー選手にしてみれば、明らかにタッグされていなくて、簡単なセーフに感じたのだと思いますが、判定を任されている審判にとってあのような”死角”に入ってしまうことが1年に1度ぐらいあるものです。もちろん死角に入らないように努力はしています。もう2度とジェリー・デービス審判が、イチロー選手に対してこのような死角に入って宣告することは無いと信じています。そのぐらい素晴らしい審判なのです。駆け引きとして、あの場面では、我慢が必要だったかもしれません。(気持ちはよくわかりますが・・。)
僕は、本当のところはわかりませんが、その抗議態度が、その後の1塁での判定に繋がったのだと想像できます。
これからのヒット1本が、彼にとってとても大きな1本になることと思います。それなので、審判を挑発するような発言は、我慢して欲しいところです。
この記事へのトラックバック
審判の権威を守るための報復
Excerpt: 野球のルールを知らない輩が多すぎて困る。 イチロー選手の審判との駆け引き ようやくここまで追いついた。 前述した平林氏のエントリ、過去ログをここまで全部読んできた記憶と照らし合わせると、A-R..
Weblog: 小川暇つぶしチラ裏
Tracked: 2009-06-19 11:51
審判の権威を守るための報復
Excerpt: 野球のルールを知らない輩が多すぎて困る。 イチロー選手の審判との駆け引き ようやくここまで追いついた。 前述した平林氏のエントリ、過去ログをここまで全部読んできた記憶と照らし合わせると、A-R..
Weblog: 小川暇つぶしチラ裏
Tracked: 2009-06-19 11:51



審判へ抗議の事、よくわかりませんが、選手も我慢すべきだとしたら審判も『報復』を我慢すべきではないかと、キレイゴトだとわかっていても思ってしまいました、すみません。
来シーズンの為にも日本で思いっきり英気を養ってください。
とても楽しませていただきました。ありがとうございました。
今シーズン、大変お疲れ様でした!
審判をやっている以上、そのレベルの違いはあっても、同じ悩みや壁にぶつかるものであることを、一層感じました。
オフシーズンでの、クリニック、また勉強させてください。
(記事を見るのが楽しみでシーズンを過ごしておりました。ありがとうございました。)
今日の記事に関してですが、非常に大事な記事だと思います。「野球をプレーしている人達」に是非知って欲しい記事だと思います。特に若い人達や指導者の人達には・・・・・・・
オフシーズンも記事を(忙しいとは思いますが)読むの楽しみに致しております。
来年は3Aで活躍されるのを心待ちにいたしております。
帰国されてからのセミナー等でのご指導を心待ちにしています!!
今シーズン大変お疲れ様でした!
無事終了した事、本当にすごいと思っています。
一試合一試合、着実にステップを踏み自分への挑戦をされている姿、日本で拝見する事はなかなか出来ませんが目に浮かんでおりました。
野球の奥の深さ、素晴らしさをこれからも是非とも伝えていってください!
応援しております。アミノバイタル!!
平林さんのブログは、審判の事は勿論。向こうの事も知ることができ、とても勉強になります! 来シーズンも頑張ってください! クリニックも楽しみにしてます☆彡
http://ameblo.jp/umpire-ichiro/
精神的に気を使う仕事だと思いますが、体に気をつけてリフレッシュしてください!
どんな判定でも黙って従えというならば、少しでも正しい判定ができるようにそれ相応の努力をすべきです。
全く判定もできない視界があり、それを克服する方法がありながら、全く無能な誤審を繰り返す審判にへきへきしています。
見えない場所がたくさんありながら、なぜそれを克服する努力を怠っているのか、説明もせずに審判に逆らうな???
現代社会には全くそぐわない説得です。
報復という卑劣な言動によって選手より優位にたつのは、本来の”権威”とは全く異なる類いのものだと思います。
誤審を繰り返す審判に”権威”を感じるとしたら、自らに逆らった選手への報復を平然とおこなったときでしょう。
しかし、それが見るに耐えない愚行としかいいようがありません。
私は、審判の権威を見るために試合を観戦しているのではありません。
選手のプレーを見るために観戦しているのです。
今日のコラムは、権威丸出しの脅しとしかいいようがなく、読んでいて不快な気分になりました。
不愉快なので、野球場外ではおやめになった方が賢明ではありませんか。
これだけ誤審を繰り返して権威を気にするとはあ呆れてしまいます。
早く、ビデオ判定を導入して、こういった審判のいやらしい特権意識を排除して欲しいものです。
まるで、どこぞの独裁国家の野蛮な人々のようで興醒めです。
権威に見合った判定ができるように、いっそうの努力をお願いしたいものです。
イチロー選手の件、このブログエントリやmajor.jpのコラムでMLBの審判事情がよく理解でき、勉強になったのですが、やはり
>抗議態度が、その後の1塁での判定に繋がったのだと想像できます
の部分には違和感がありました。微妙なジャッジに対する抗議があったとしても、
「審判も人間だから」といってその抗議に対する心証の悪さを他のプレイの
ジャッジに持ち込むのはどうなのかなあと思います。
まあ、文化の違いと言ってしまえばそれまでなのでしょうが……
長々と書いてしまいましたが、来シーズンもがんばってください。
どんなスポーツも、審判はルールに守られていることはよく分かります。それでも、イチロー選手の精一杯のプレーに対する個人的な批判と感じるコメントは、審判側の見解、と感じてしまいます。表現の自由ですから、考えをそのまま述べたコラムすべてに対して批判するつもりはありませんが、平林さんが当の審判である以上、判定に関してこれまで以上、不愉快な気持ちになりましたことは述べさせてもらいます。前にコメントを書かれた方と同じように、いい気持ちはしませんが、一野球ファンとして、さらなる進化は常に願っています。
ところでイチローのメジャーデビュー時より、まるで高校野球で時折見られるようなひどいジャッジを目にします。メジャーリーグの審判のレベルが素晴らしいのだとしたら、イチローが一部の審判に嫌われているか、人種差別を受けているかのように想像してしまいます。イチローって、デビュー時から審判に嫌われるような言動をしていましたでしょうか?数年前からは、そういう発言があると思いますが、それまでは彼なりに随分我慢してきたのでは?もしかすると、その辺りの鬱憤がWBCでの意気込みとも関連したのでは?
今シーズンもご苦労様でした。
ただし、今回の日記には他の皆さんと同様に、残念ながら違和感を覚えます。審判の立場からという視点に捕らわれすぎて、全体として正しいことが見えなくなっているのではないかという危惧を覚えずにはいられません。残念です。
今回これだけのこのブログの読者の方からの反応があったのですから、是非また平林さんからのこの件に関するご意見を読ませていただきたいです。よろしくお願い致します。
一野球ファンとして審判の皆様に望むことは、口先だけでミスを認めるのではなく行動に起こして欲しいということです。
アメリカに行ってマイナーからメジャーの審判を目指して挑戦している平林さんを尊敬しています。いつの日かメジャーで審判をしている姿が見れたら良いなと思います。応援しています。
心の底から”良かった”と思える審判人生でありますよう
選手はファンのために野球やってるでしょ?貴方達審判は??そういう観点から考えたら、誤審をしたあげくの報復行為はどういった行為でしょうか。恥の上塗りであって、審判本来の業務を逸脱していませんか。ファンや選手を無視して、自己の権威を守るための報復判定なんてもう見るにたえないストレスまみれの試合です。
それ以前に考えて欲しいのは、なぜ今までタイミングでアウトをとることがなされてきたのかということです。単に審判に死界が多すぎてまともな判定など望めないからでしょ??だからタイミングでアウトをとられても仕方がないという無力感がしみついて今に至っているとしか思えません。しかし。科学は発展して審判の無能だった部分を補える方法があって、少なくともテレビの視聴者は、貴方達審判より、正確に真偽を判定できる方法で確認しているんですよ。そんな時代ですから、今までしかたなく誤審にお付き合いしてきた古い慣習を捨て去り、ルールどおりの厳密な判定ができる準備はできているんです。目の前で誤審であることがはっきり確認できる時代が到来していても、審判が自らの権威にしがみついて、誤審を繰り返しながらも権利を手放さないのは見るに耐えません。イチローの抗議は、現代科学の発展によって、野球の判定方法は変わる必要があり、本来のルールどおりのプレーができる可能性を示唆するものです。お粗末な判定技術は、ルールを無視して、選手が審判に向かってプレーするというファンを置き去りにする慣習を生んだ。ビデオ撮影技術の発達が判定にいかされれば、ファンは、選手対選手という本来のプレーを楽しむことができる。あのイチローの幻の盗塁のような技の掛け合いのようなね。撮影技術の発展は、選手のプレーの可能性は広げるという利点があるはずなんですがね。実際には報復判定という醜い行為で狭〜くさせられている。審判陣の思考は明治時代あたりで停止しているようですね、残念です。
ひとつ気になるのは、メディアの役割と大衆という観点から、コラムの結論がおかしいように思う。あまりおかしな言い分を強要しない方がいいのではないだろうか。普通の個人ブログに書く内容ではありませんか。
そもそも、『審判に反論すると、間違いなく報復され、いくらでも際どい判定を不利に判定することはできます。それだけ、審判が機構や組織、ルールに守られているのです。自分の気持ちがそれで済むのであれば、それも一つの方法かもしれませんが、”百害あって一利無し”なのです。』って言うこと自体が大間違いだと思います。審判が自分の感情をジャッジに入れる(入ってしまう)なら、それはもうプロではなく、その辺の草野球の審判と何にも変わりありません。そんな裁判官ならとっくに罷免でしょう。自分の技量が低くポジショニングが悪かったにも関わらず、『良く見えなかったし、死に体だし、面倒になっても嫌だから慣習に従ってアウト』なんて判定をするんだったら、そこにプロフェッショナルの誇りなんてものはないですね。審判に対する駆け引きなんていう事も本来は必要ないでしょう。審判が試合に入って来ては(目立っては)ダメだと思います。
早く、NFLのようにリプレーオフィシャルを入れて欲しいですね。
連投失礼。
上記の馬鹿ども、野球のルールブック読んでから出直して来い!審判はルールブック通りに試合を運営するために奮闘しているんだろうが。好きで報復なんてしてるわけないだろ。ルールに従わない選手を従うようにさせるためにどうするか考えてんだよ。審判に従わせるんじゃなく、ルールに従わせようとしているだけだろ?それが納得できないならルールブックを改正するか、野球もベースボールも見るのやめて、お前らで新しいスポーツつくれ!
あと審判が正確なジャッジをする努力してないって?あなた何を知ってんの?素人には分らないとこでやってんじゃないの?それがプロだろ?
平林さん信念をとおして来年もがんばってください。
さて、今回のコラム、どうも納得がいきません。
理由は、上のいくつかのコメントと同じですが、
>”百害あって一利無し”
>その抗議態度が、その後の1塁での判定に繋がったのだと想
>像できます。
二塁盗塁シーンは、TVのリプレイで見る限りセーフですが、それはいろんな角度から状況判断できた視聴者と審判の違いですので、死角からの最良のジャッジと言われるなら仕方がないと思います。
ですが、あの時のイチロー選手のクレームは自己主張の範囲ではなかったでしょうか?
”1年に1度ぐらいある”死角からの難しい判定。審判の権威の前では自己主張も不可なんですか。
もう一つの、内野安打の判定。
この誤審は審判の報復??だったわけですね。
まるで、『だまって審判の言う通りにしろ、そうじゃないと次にきわどいプレイがあったらアウトにする』
今回のコラムを読んでこう解釈しました。
こういう審判がグランドにいたらいいプレイは出来ませんよ。
審判の権威は一つ一つのプレイに公平なジャッジを追求する姿勢から生まれるのではないでしょうか?
イチローなりに”不公平”なジャッジの匂いを嗅ぎ付けたからこそ
『あんな審判と同じグランドにいる事が恥ずかしい。。。』
の発言に繋がったんではないですかね。
そもそも審判は人間であって、人間は完璧なものではありません。ミスだってするでしょうし、感情や迷いがあるのは人間として当然のこと。
ビデオ判定をという意見もありますが、ビデオの機械だって完璧に状況を把握できる保障はないし、故障する事だってあります。
どうすれば完璧なジャッジをできるか。
答えなんてないんです。
完璧なプレーがないのと同じで、絶対的に公平なジャッジを完璧にというのも、そろそろ無理な話。
審判はルールブックにのっとってプレーをジャッジするだけ。
その審判に権威がなかったら、日本のプロ野球のように何十分、過去には1時間以上もの抗議が起こり、ファンを待たせることになる。
選手はファンのためにプレーをという書き込みがありますが、じゃあ選手は誰のために審判に抗議をしているのでしょうか。
それは自分自身とチームためだけであって、ファンのためになんて抗議は、パフォーマンス以外はありえません。
批判的な方は、もう少し冷静に考える必要があるのじゃないでしょうか。
平林さんは審判ですから、審判の目として今回のイチローの抗議問題を取り上げただけです。
イチローは選手ですから、選手として抗議をする。
完璧な意見の合致なんて、ありえないのです。立場や目線が違うのですから。
平林さんが何十年も選手としてプレーをして審判をして、イチローも審判経験を何十年積んでプレーをしているならば、お互いの意見の合致がありえるでしょうけれど。
平林さんへ。
表明した意見には、賛否はつき物です。
平林さんを批判する人もいれば、応援している人もいます。
これからも、頑張ってください。
アメリカの野球界で肉体的にも精神的にもタフな仕事を乗り越えた平林さんですから、ちょっとのバッシングでめげることはないと思います。
皆さんは多かれ少なかれ、草野球レベルででもプレーをしたことはありますか?
もし草野球でも経験している方なら、手が空いたときに球審をしたことあるという方はいると思います。
草野球だと、お互いのチームの手空きの方が球審をしたりしますよね。
経験した方なら、ストライク・ボールの判定、アウト・セーフの判定、きわどい投球やプレーなら迷ったり自信がなかったりという経験はあると思います。
そこから、正確に確実にジャッジをすることの難しさとか、感じたことありませんか?
プロの審判は、プロのプレーをジャッジします。当然高度なプレーであり、ルールもきちんと理解をしていなければならないし。
だから私は、プロのプレーをジャッジするだけでもすごいなと思います。
一度、自分が審判だったらという目線で考えてみるのもいいんじゃないでしょうか。批判的な方々はみなさん、選手目線すぎるきがするので。
私はプロの審判だから完璧にジャッジできてあたりまえとは、当然とは思いません。
そんなこと言ったら野球に関わらず、全ての職業人は「プロ(お給料をもらって仕事をしているいる以上、プロです)だから」と完璧を要求されてもおかしくはないですよね。
今回のコラムを拝見させて頂きましたが、とても心にモヤモヤと
したものが残りました。
もちろん審判も人間です。いつもがいつも完璧なジャッジを出来る訳では
無いでしょう。そして選手から挑発的な言葉をかけられれば頭に来ると
思います。ジャッジに影響する事もあるでしょう。それは良く解ります。
ですが、今回のコラムに違和感を感じたのは、「(審判も人間だから)仕方が無い」
という審判側の言い分に終始している事です。だから審判には何も言わない方が良い、と。
現実問題そうだと思います。仰るとおりです。ですが、なぜ一言でも
「審判も感情に捕らわれず公正なジャッジをするべきである」
という言葉が無いのでしょうか。なぜ審判側に自制を求めるような言葉が
ないのでしょうか。なぜイチロー選手が我慢すれば全て済む事であるというような
論調なのでしょうか。
もう一つ、今回のコラムで盗塁死の事を主に挙げておられましたが、イチロー選手は
今回のジャッジだけで怒っている訳ではありません。これまでにも何度となく
おかしなジャッジがあり、そして今回があるのです。あの一回だけではイチロー選手だって
審判に詰め寄ったりしないと思います。今回の事だけを取り上げてイチロー選手に非があるような
事を書くのは、とてもじゃないですが納得が行きません。
ちなみに、イチロー選手に全く非が無いとは言うつもりはありません。普段の言動といい、
とても挑発的で大人気ないと思います。それが審判の感情に悪影響を与え、ジャッジにも
少なからず影響が出ることも否定しません。人間ですから。私が納得いかないのは、
そのような報復的ジャッジが当たり前にあるかのような、それが日常化して、当たり前の
出来事のようにマヒしてしまっているかのような印象を今回のコラムから受ける事です。
なぜコラムの中に一行でも、そのような報復的ジャッジを戒めるような言葉が無いのでしょうか。
言葉は悪いですが、とても傲慢な印象をもちました。
最後に
>自分の気持ちがそれで済むのであれば、それも一つの方法かもしれませんが、
>”百害あって一利無し”なのです。
イチロー選手がスッキリする為だけに抗議しているとは思いません。言ってジャッジが
引っくり返るとも思っていないでしょう。ただ、度重なる理不尽に対し、叫ばずに
おれないだけだと思います。言って、スッキリした顔でベンチに戻るイチロー選手なんて
見た事がありません。
>草野球だと、お互いのチームの手空きの方が球審をしたりしますよね。
>正確に確実にジャッジをすることの難しさとか、感じたことありませんか?
>だから私は、プロのプレーをジャッジするだけでもすごいなと思います。
私も草野球はたまにやるので高橋さんの書かれていることには同意しますし、
「絶対的に公平なジャッジを完璧にというのも、そろそろ無理な話」というのもよくわかるのです。
しかし、「感情や迷いがあるのは人間として当然のこと」だとしても、
その「感情」を別のプレイの判定に持ち込むのはいかがなものか、
というのが一番の論点だと思います。
たとえば草野球で1塁塁審をやっていたとして、2塁で微妙なプレイがあって
それに抗議した選手がいてその抗議態度が良くなかったとしても、
その選手が関わるプレイだから云々というのではなく、
ただその場で1塁塁審として精一杯正確なジャッジをするというのが
プロ・アマ関わらず正しい審判の姿だと考えるのですが、どうでしょうか。
(上でも書きましたが、文化の違い(「報復」が暗黙の了解的に存在している)といってしまえばそれまでの話なんですけれどね……)
シーズン終了とのこと、お疲れさまでした。
また来シーズンも頑張ってください。
くだんの件について、拝見しました。
少しコメントを、と思ったのですが、何か皆様がいろいろと書いていらっしゃるので熱が冷めました。
ただ一言だけ、ショックでした。
>彼のコメントが、(中略)審判サイドに伝わっていたとしたら、間違いなく報復されます。
選手も監督も審判も、やはり人の子なので失敗だってあります。
だからこそ失敗に続くものが「反省」など、次に生かされるものであってほしいと思います。
確かにイチロー選手の憤りを顕わにしたコメントも、大人げないとは思いますが。
どんなスポーツにも、選手の対戦相手に審判が含まれないことを願っています。