2,3日前に、帰宅してテレビを見たら、たまたまプロ野球中継があり、もう9回裏でもうすぐ終わりなので、最後だけ見ておこうと思いそのままテレビ観戦しました。そこで、まず目についたのが、キャッチャーが投球を捕球する時に動かすミットの”動き”の大きさでした。ピッチャーのために、少しでも見た目をストライクにみせてやろうとする思い。気持ちは、よくわかります。しかし、知っておいて欲しいのは、審判にとってどれほど判定しにくいかということです。正確に判定して欲しいと考えるのなら、間違えなく、きちっと止めて捕球してくれたほうが、正しく判定できるのです。
そして、最後のバッターの時に、球審がストライクと宣告した際に、野村監督が、つかつかと球審のほうへ歩み寄り何やら抗議を始めました。監督のジェスチャーを見ていると、明らかにストライクの判定に対して文句を言っているようでした。ここで、みなさんに知っておいて欲しい”ルール”があります。それは、9.02という項目で、「ボール、ストライクの判定について異議を唱えるために(中略)監督または、コーチがベンチまたは、コーチスボックスを離れることは許されない。もし、宣告に異議を唱えるために本塁に向ってスタートすれば、警告が発せられる。警告にもかかわらず本塁に近づけば、試合から除かれる。」と日本のルールブックにもあります。アメリカでは、このルールを遵守し(このルールだけでなく)、先ず、『監督、ストライク・ボールに対して出て来ることができません!』と警告を発し(手で制します。)、それでも続けて出てくるようならば、『退場!』を宣告します。これは、1試合で数百球の判定があり、それをいちいち抗議に出てくることが出来たら、野球が進行しないという理由からなのです。ファンに無駄な時間を過ごさせないという発想から出来たルールのようです。
日本では、このルールを適用することに、チームサイドから猛反発があったと聞いています。チームが主導でルールを解釈するのではなく、リーグや審判が主導でルールを遵守する時代が来れば、日本の野球界も本当の意味で改革されるでしょう。
この記事へのトラックバック



そのとおりです。あれが、審判のゲームコントロールなのです。明日の日記に詳しく書きます。
一塁を担当しました。試合中盤、ハーフスイングをとらなかった球審に捕手が、塁審の判断を仰いでほしいとのことで、僕の判断を仰いで来たのです。
僕は、スイングしたとみてハーフスイングをとったのですが、一塁ベースコーチは不満そうな顔で、《振りました?》の一言。
怒りよりも哀しみがこみあげてきました。小学生がプロ選手の影響を受けているんだと改めて実感しました。
野村監督は何を抗議しているのか、私は最初わかりませんでした。(もしかして、二段モーション?じゃないかと?思いましたが)
日本は、メジャーリーグと違い元プロ野球選手出身の審判員が多くいらっしゃいます。
特に、このケースの場合野村監督と津川審判員は、元ヤクルトの監督と選手という間柄で野村監督側に、甘い考えがあったのでは?と思います。
審判の方には、そういう意識はないのに、プレーヤー側或いは、首脳陣(監督、コーチ)に、変な意識があるのではないかと思っています。(審判の方を下にみるとか)
そういった意識があるとすれば問題だと思うし、そういうことをなくす努力を連盟がやっていかないと、いけないと思います。
追伸:平林さん。日曜日のNACK5ラジオ聞いていました。長い試合ご苦労様でした。
長時間のラジオを聞いていただきありがとうございました。(でも途中で中継は、終わってしまったんですよね。)野球界には、良くも悪くも上下関係が、審判、選手など関係なく存在します。その上下関係とは別の審判と監督、選手という関係をつくる必要があります。
Manoさんはその一塁ベースコーチの子に注意してあげましたでしょうか?(もちろん、試合後ですが。)
小学生は良いところも悪いところも真似します。それが悪いことだと気がついていないのであれば、その場で注意してあげて下さい。
(そのようにされておられたら、ご無礼お許しください)
私にはこれが理解できない。競技者がルール適用に口出すことが許される機構自体がおかしいですね。
これを許すリーグ会長やコミッショナーとは一体何なのでしょうか?
チームオーナーはプロスポーツを国際的に共通な「スポーツ」というものでなく、単なる「興行」だと思っているのでしょうね。
はじめまして。
試合後、監督さんを通じて注意いたしました。
未来のプロ野球を支えるかもしれない子どもたちですから、マナー・ルールを守るように説くし、努力させるとご回答いただきました。
流石です。どうもありがとうございます。
仰るとおり、これから未来のある子供たちですから、ちゃんと教えてあげるのが、我々のすべきことです。
差し出がましい事を申し上げ、ご気分を害されたかもしれませんが、心配性のオヤジの戯言とご寛容いただければ幸いです。